2012年のカレンダーが出来ました。
早いもので、父が没して今秋で10年になります。
今回はモノクロです。
多重露出の世界とは違い、「モノクロの方が色を感じる」なんてこと
ありませんか?
今回は僅かですが販売しています。
1部2000円(税・送料込み)です。
連絡先 703-8293
岡山市中区小橋町2-3-5 tel&fax 086-272-0963
西 瑞子 まで
# by midorikawayouichi | 2011-01-11 21:01 |
Mizのひとりごと
今回展示している《おちょろ舟の女たち》の組写真。
父独自の演出で構成されている物語ですが、その思いを綴った
一文、『売春哀話』を紹介します。
売春哀話ーおちょろ舟の女たちー
緑川 洋一
その昔、源平の戦いに敗れた平家落武者の妻女が、沖行く船に
操を売ったのが始まりという。 広島県大崎上島木之江港に伝わる
売春婦物語である。
夕ぐれせまる頃、数十そうのおちょろ舟が勢揃い、定刻を迎えると
島の古老の吹くラッパを合図に、港に停泊する船にむかっていっせい
に漕ぎだす。交渉がまとまると、船から降ろされた縄梯子をたくみに昇
り、船室で一夜を共にするのである。彼女たちは炊事洗濯身の回り一
切の面倒をみる港妻である。
そして船の来ない日は、家でも客を迎える。多くの港の女の中にあっ
てU子は何時も憂いを含んだ女であった。
昭和三十三年三月売春防止法発令と共に、彼女たちは何処ともなく
島を立ち去って行った。
(昭和三十二年撮影)
# by midorikawayouichi | 2009-04-14 10:59 |
Mizのひとりごと
今回ご紹介する《おちょろ舟の女たち》は、大崎上島(広島県)の
木江港に、およそ50年前まで見られた「おちょろ舟」を取り上げた
シリーズです。おちょろ舟とは、風待ち・潮待ちのために停泊してい
る船の乗組員を相手にする女たちを乗せた小舟のことです。
近世中期以降の瀬戸内海は、北国の物資を大阪へと輸送する際
の、物流の大動脈にあたっていました(西回り航路)。造船・航海技
術の進展によって大型化した輸送用の帆船(北前船)は、日数をか
けて海岸沿いを航行する「地乗り」でなく、瀬戸内海の中央を倍近い
速さで走り抜ける「沖乗り」の航路を次第に取るようになりました。
このような時代の流れのなかで、御手洗(大崎下島)や木江など、
沖乗り航路にとって便利な地点に新たに港湾が整備されたのです。
これらの港はやがて中継貿易の拠点としても栄え、問屋・芝居小屋
茶屋などが揃った新興都市として成長しました。そして遊女たちのお
ちょろ舟が、当地特有の風俗として知られるようになりました。
明治中期以降の機械船普及に伴い、停泊地とされなくなったこれら
の港は次第に衰退への道を歩みますが、このおちょろ舟も1958年
の売春防止法施行とともに消滅しました。
緑川洋一は、今回ご紹介する《おちょろ舟の女たち》を新法が施行
される前年(1957)に撮影しています。時代の流れのなかで消える
運命にある瀬戸内の情景に関心をもったのでしょう。このほかにも、
干拓される児島湾など、高度成長期に差しかかり変容を余儀なくされ
る瀬戸内の風土を、この時期の緑川は積極的に取材の対象にしてい
ます。注目すべきは、この消えゆくおちょろ舟のことを取り上げるにあ
たって、緑川は応分の演出を行いながら、一人の「おちょろ」をめぐる
物語としたうえで、組写真に仕上げている点です。単なる記録写真を
超えたこの手法は、親交のあった写真家・林忠彦(1918-1990)
による、演出の入ったポートレートや組写真を参考にしているのかも
しれません。この《おちょろ舟の女たち》における物語の巧みな展開
は、一連の緑川の作品のなかでも出色と言え、瀬戸内の風土に取
材しながら人間の物語を紡ぎ出す緑川の手法が、看取できる作品に
なっています。
(学芸員 廣瀬就久)
2009年4月1日―5月31日 岡山県立美術館にて開催中
# by midorikawayouichi | 2009-04-04 12:25 |
Mizのひとりごと
ありし日の烏城を偲ぶ
岡山城の起源は1520年代、石山へ砦を築き金光氏が居城して
いたという。その後宇喜田氏となり1597年に8年の歳月をかけ、
現在地へ三層六重の大天守と三十五棟の櫓を完成した。
宇喜多氏滅亡。小早川氏を経て池田氏代々の居城となる。
明治2年(1870)藩籍奉還により国の所有となる。明治5年城の
存廃に際し岡山城は残された。
烏城と呼ばれ岡山のシンボルでもあったが、さきの大戦で昭和
20年6月29日の大空襲により消失した。
写真は焼ける2~3年前から、春夏秋冬四季にわたって写し、
これから内部を写す段になって消失してしまった。
展示写真は、写した直後引伸ばし、制作したもので、いわゆる
ビンテージといわれる貴重なもの。60余年を経た作品である。
緑川 洋一
この作品展は、岡山県立美術館で2008年10月3日まで開催中
# by midorikawayouichi | 2008-09-17 14:32
富士フィルム株式会社は、大事な記録、愛するものの貴重な思い出
絆、輝かしい瞬間などを写真に残すことは、人間にとって非常に大切
な文化です。また、美しい風景写真や芸術的な作品を鑑賞することは
人の心を豊かにします。
3月26日オープンした「富士フィルム ウェブ写真美術館&ショップ」
は、インターネットで気軽にアクセスするだけで、自分の好きな時間に
ゆっくりと心いくまで鑑賞できます。
緑川の作品も50数点観ることができます。
http://fujifilmmuseum.com/ で鑑賞してください。
# by midorikawayouichi | 2007-04-16 18:27
今回紹介する<島の民芸ー人形芝居と島歌舞伎ー>は、直島で行われて
いる女性だけによる人形芝居(女文楽)と、小豆島に伝わる農村歌舞伎をテ
ーマにしたシリーズです。
直島における文楽の歴史は、天領であった江戸時代に遡りますが、明治時代
以降下火になった一時期を経て、昭和23年に島の女性たちによって再興され
ました。小豆島の農村歌舞伎もその端緒は江戸時代に遡り、幕末から明治時
代かけて盛んに演じられていたと考えられ、かつて島には20余りの舞台があ
りました。現在でも行われているものに、小豆島町(旧池田町)の中山歌舞伎
や、肥土山歌舞伎があります。
直島の女文楽は、再興された翌年(昭和24年)に敬老会など有志によって公
演が実現しますが、この作品の撮影年代(昭和24-5年)から考えると、この
再興間もない頃の公演を緑川が軽快なフットワークによって取材していたこと
になります。またここに写されている農村歌舞伎は、その1枚のなかに<春日
大明神>と記された幟が認められることから、春日神社に奉納される中山歌
舞伎を取材あいたものと考えることができます。
これらの伝統芸能を撮影するにあたって、緑川は芝居の筋書きを追ったり、あ
るいは特定の役者をクローズアップするのではなく、これらの芝居が行われて
いる<場>の状況を伝えることに主眼をおいています。例えば、<船が舞台>
をみると、距離を置いて見下ろされた女文楽の舞台が実は船上にあることが
わかり、また舞台背景を描いた幕越しには、瀬戸内ならではの、島が点在す
る穏やかな海が遠望できることがわかります。また<いよいよ開演 見物は
満席>では、 大きく写されているのは、むしろ芝居目当てに詰めかけた大勢
の村人たちの背中であり、そこから我々は、この農村歌舞伎がいかに地元の
人々に愛され いるかということについて感得することができるのです。芝居の
細部を追うのではなく、芝居を成り立たせている直島や小豆島ならではの風土
をも合わせて写すことによって、これらの伝統芸能のユニークさを伝えている
シリーズだと言うことができるでしょう。
岡山県立美術館 学芸委員 廣瀬就久
2007年4月15日まで展示しています
# by midorikawayouichi | 2007-01-18 21:23
今回ご紹介する<漁師町に生きるー露地の人びとー>は、尾道の町を取材
したシリーズのひとつです。風光明媚な港町として知られるこの町を、緑川は
たびたび訪れて撮影していました。未明から活気づく魚市場や、対岸との渡し
舟を写したシリーズもありますが、このシリーズでは、尾道の人々が生活を営
む石畳の狭い露地にまで足を踏み入れ、何気ない日常のひとこまにレンズを
向けています。
背後に山が迫った尾道は平坦な土地に乏しく、海にせり出すように民家が、
立つところもありました。露地を歩くと、家々の軒下には様々な生活用具が置
かれており、また玄関越しに家のなかの様子を窺うことができ、ここに暮らす
人々の暮らしぶりが、如実に伝わってきます。被写体として頻繁に登場する
のは、子守をする大人たちの情愛に満ちた姿です。市井の生活のなかに息
づく温もりの感情を、写真のなかに捉えようとしたのでしょう。ここに写された、
土間つきの木造家屋や、生活用品、そして人々の服装は、50年の歳月を経
て、今ではほとんど見かけなくなりました。
このようなスナップ写真のシャッターチャンスは、しばしば偶然が重なった
一瞬の間におとずれるもので、写真家はあたかも狩りを行うかのように、その
一瞬を、カメラという武器で捕らえるのだと例えることができるでしょう。音楽教
室の看板の前で男がギターを爪弾く前を、制服姿の男子学生が颯爽と通り過
ぎる瞬間を撮影した<町の音楽>、ゴム製の潜水服が逆さに吊されて陽光に
晒されている背景と、その持ち主の潜水夫とも思われる手前の男の表情が、
ちょうど影になって対比されている<潜水夫の家>などは、まさしくその成功例
で、これらの作品は、この時期に撮影された一連の緑川によるスナップ写真の
なかでも、最良のものに属しいるといえるでしょう。
(岡山県立美術館 学芸員 廣瀬就久)
2006年11月3日-12月27まで 岡山県立美術館 展示中
# by midorikawayouichi | 2006-11-05 00:03
今回ご紹介する<海に生きるー四国南岸紀行>は、高知県の桂浜から和食の海に生きる人々の暮らしを捉えたシリーズです。
ここに暮らす人々にとって、眼前に広がる太平洋は、海の幸をもたらし、また遠方の地のつながる交易路ともなる、恩恵に満ちた存在であるとともに、ひとたび荒れるや、それは彼らの生命にとって脅威ともなり得るものでした。
ここでは、次の漁に備えて網を繕う人、台風が近つ‘く前に船を待避させる人など、四国南岸に生きる人々の日常が写されています。彼らの野太い表情,逞しい身体、そして動きに満ちた労働の一こまが、強い印象を与えるシリーズです。
当時土門拳が牽引し、全国のアマチュア写真家に大きな影響を及ぼしていた、リアリズム写真をめぐる動向との係わりも想定できるでしょうが、社会的な文脈はひとまず切り落として、専ら野生あふれる被写体に焦点を合わせたこのシリーズからは、むしろドラマチックなものに惹かれる緑川の主観を看取することができるように思われます。
いずれにせよ、この頃の緑川は、地方在住の有望なアマチュア写真家として、東京在住の写真家とも交流しつつ、このように地方在住だからこそ写すことのできる題材を追い求めながら、独自の写真を目指していたのです。
(岡山県立美術館 学芸員 廣瀬就久)
岡山県立美術館にて開催中 9月24日まで

)
# by midorikawayouichi | 2006-08-19 16:59
小学館から発行されました「名作写真館23」7月15日に発売されました。
植田正治・緑川洋一が撮影しましたふるさとの風景
ー写真に投影された記憶の中の真実ー
ご高覧ください。
# by midorikawayouichi | 2006-08-06 18:30 |
Mizのひとりごと
緑川洋一略歴
1915年岡山県邑久郡邑久町(現瀬戸内市)生まれ。1936年日本大学歯学部卒業。歯科医師。在学中より写真を始める。戦後女性写真を写し、1950年「女」写真集を処女出版。林忠彦、秋山庄太郎らと写真家集団銀竜社を結成。二科会写真部ができ審査員となる。「瀬戸内海」、「海のメルヘン」、「日本のふるさと」、「日本の四季」、「京都」、「皇居」、「名城の四季」、などの作品集、随筆集約80冊出版。作品はイギリス、ビクトリア&アルバート美術館。フランス国立図書館。東京都写真美術館などへも永久保存される。
日本写真批評家協会賞、日本写真協会作家賞、岡山県文化賞、中国・山陽各新聞社文化賞、勲四等瑞宝章を受賞。
■緑川洋一公式HP
# by midorikawayouichi | 2005-08-26 18:56 |
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