今回ご紹介する<漁師町に生きるー露地の人びとー>は、尾道の町を取材
したシリーズのひとつです。風光明媚な港町として知られるこの町を、緑川は
たびたび訪れて撮影していました。未明から活気づく魚市場や、対岸との渡し
舟を写したシリーズもありますが、このシリーズでは、尾道の人々が生活を営
む石畳の狭い露地にまで足を踏み入れ、何気ない日常のひとこまにレンズを
向けています。
背後に山が迫った尾道は平坦な土地に乏しく、海にせり出すように民家が、
立つところもありました。露地を歩くと、家々の軒下には様々な生活用具が置
かれており、また玄関越しに家のなかの様子を窺うことができ、ここに暮らす
人々の暮らしぶりが、如実に伝わってきます。被写体として頻繁に登場する
のは、子守をする大人たちの情愛に満ちた姿です。市井の生活のなかに息
づく温もりの感情を、写真のなかに捉えようとしたのでしょう。ここに写された、
土間つきの木造家屋や、生活用品、そして人々の服装は、50年の歳月を経
て、今ではほとんど見かけなくなりました。
このようなスナップ写真のシャッターチャンスは、しばしば偶然が重なった
一瞬の間におとずれるもので、写真家はあたかも狩りを行うかのように、その
一瞬を、カメラという武器で捕らえるのだと例えることができるでしょう。音楽教
室の看板の前で男がギターを爪弾く前を、制服姿の男子学生が颯爽と通り過
ぎる瞬間を撮影した<町の音楽>、ゴム製の潜水服が逆さに吊されて陽光に
晒されている背景と、その持ち主の潜水夫とも思われる手前の男の表情が、
ちょうど影になって対比されている<潜水夫の家>などは、まさしくその成功例
で、これらの作品は、この時期に撮影された一連の緑川によるスナップ写真の
なかでも、最良のものに属しいるといえるでしょう。
(岡山県立美術館 学芸員 廣瀬就久)
2006年11月3日-12月27まで 岡山県立美術館 展示中